神山下町・新井田中獅子舞

65681f9645cd1265961641.jpg 写真は高崎市教育委員会提供

名称 神山下町・新井田中獅子舞(かみやましもちょう・あらいたなかししまい)
伝承地 上里見町
期日 10月第3日曜日
概要 永禄9年(1566)9月、武田晴信(信玄)が堅城箕輪城を落城させたとき、領地(里見地域も含む)一帯に武田氏の守護神であった諏訪神社を建立させ、神事芸能として獅子舞を奉納させたのが始まりと云われている。はじめは村に一社として上里見下の原に建立され、春秋2回の祭典が行われていたが、宝永3年(1706)上神の諏訪の原、東光寺西隣り、下里見西向井二子塚、八丁目の南高地の五箇所にそれぞれ諏訪神社が建立された。それによって各地区に獅子舞が分散普及されたと云われている。

獅子舞の発祥依頼の経過については、 明らかではないが、時代の移り変わりとともに中断したりして継続されてきたようである。各地区にあった獅子舞も後継者不足等により、里見地区と、上神地区の2つの獅子舞だけである。戦時中は国策上中断された。 昭和51年になって郷土芸能無形文化保存の風潮が高まり、 「神山下町・新井田獅子舞保存会」が結成された。その後、全戸加入の保存会として各戸より会費を徴収し保存会の活動を継続している。 円周流に属しており、輪になって踊るのが特徴で、独特な型をした流暢な舞が多い。

また、この獅子舞は「お天気獅子」の別称があり、いかなる悪天候にもこの獅子舞を出すと直ちに快晴になると云われている。

【神山下町新井田中獅子舞】高崎市
周辺地図 上里見町
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